2017年2月9日木曜日

続・漱石「夢十夜」の読み (Impressions of Soseki's Ten Nights' Dreams: Continued)

[The main text of this post is in Japanese only.]


「夢十夜」が含まれる新書サイズ『夏目漱石全集 第十六巻』(岩波書店、1956)。
Natsume Soseki 's Complete Works Vol. 16 (Iwanami, 1956), in which the work Ten Nights' Dreams is included.

 きょう 9 日は漱石の生誕 150 周年にあたるそうだ。『朝日新聞』の「天声人語」欄には、東京の二松学舎大学でアンドロイドの夏目漱石先生に会ったところ、低い声で『夢十夜』と『吾輩は猫である』の一節を読み上げてくれた、という話が書いてある。『しんぶん赤旗』の「潮流」欄には、漱石が亡くなる直前まで書いていた作品『明暗』に、主人公が購入した「比較的大きな洋書」である「経済学の独逸(ドイツ)書」が出てくるが、これは『資本論』ではないかという仮説を東北大学名誉教授・故服部文男さんが立てていたという話がある。漱石ファンの私としても何か書かないわけにはいかない。

 先の記事「漱石『夢十夜』の読み」を掲載した翌々日、『朝日新聞』で「グーグルが日本語版の検索結果を表示する基準を変更した」という記事を読んだ。そこで、「夢十夜」の言葉を検索してみると、私の先日のブログ記事が、その変更の好影響を受けたのかどうかは分からないが、2 番目か 3 番目に出た。そこで、さらに「夢十夜 第一夜」を検索してみた。その結果には、いろいろ興味深い記事が見つかったが、私が論じたのと同じ箇所を論じたものは、少なくともヒットの上部には見当たらなかった。ただ、『ぶっくらぼ』というサイトの「夏目漱石『夢十夜』問題と解説と読書感想文」と題する記事に「『第一夜』問題と解説」という章があり、いくつかの問題と、それに対する答えが書いてあった。

 その 2 番目に、
Q.<ほら、そこに、写ってるじゃありませんか>の「そこ」とは、どこをさすか?
A.自分の瞳。
というのがある。この記事では、「女」と、彼女に相対している男を意味する「自分」を使い分けているので、この「自分」は、<ほら、そこに …>といった女自身という意味でなく、文中に「自分」とある男のことを指していることになる。男が女に尋ねたのは彼の顔が見えるかということである。この答えでは、その問いに対して、男の顔が男自身の瞳に映っているじゃないですか、と答えたことになり、私としては合点がいかない。女の言葉自体が、私の先の記事でも述べたように、謎めいているにもかかわらず、それについて一つの答えを求める問題を作るのもどうかと思われる。

 そもそも、しばしば多義的な解釈を可能にする文学作品を取り上げて、一義的な答えを求める質問を作ること自体に問題があるだろう。意味が一義的であるべき法律の条文でさえ、解釈が別れる場合がある。暗示や感覚を大切にする文学では、なおさらのことである。(ただし、安倍政権が憲法 9 条についての従来の内閣の解釈を変えて、集団的自衛権行使を容認したのは、解釈が別れる場合に当たらない。これはあくまでも、解釈のねじ曲げである。)

 私が高校生の頃、正確には 1948 年度から 54 年度まで、大学進学希望者に対して、全国一斉の進学適性検査というものが行われた(こちら参照)。制度としては、今の大学入試センター試験に似ているが、内容的には、予備学習を必要としないで、主に思考力・判断力を要する問題が、理系と文系に分けて出題された。その検査に慣れるための模擬検査が、私の高校でも、業者の作成した問題を使って、たびたび行われた。文系の問題では、文学作品の一部が示されていて、それについてのいくつかの質問があったりした。

 それらの質問の中には、上記の「第一夜」の問題と同様、一義的な解釈を選択肢から選ぶ質問もあった。そういう問いに対して、私は初めのうちしばしば、「問題作成者はこの選択肢で迷わそうという魂胆かもしれないが、これを選ぶのは安易な考えだ」などと思って、自分の気に入る別の選択肢を採り、不正解になった。そこで以後は、私自身の解釈を抑えて、虚心に答えを選ぶことにしたところ、模擬検査の結果は俄然よくなったのだった(文末の注参照)。

 話が、つい古い思い出にそれてしまったが、要は、漱石の生誕 150 周年に当たって、「夢十夜」の、そして、優れた文学作品の解釈には、前回紹介した『図書』誌の対談の題名にもあった通り、多様性があり得ることを強調したい、ということである。


 注:しかし、本番の検査では、文系の問題はやけに難しく、私は理系の点がよかったにもかかわらず、合計点が 100 点満点中の 70 点に届かなかった。県下の最高得点者というのが、私の住んでいた市の隣の市の高校にいて、彼は私と同じ大学の同じ学部・同じ学科に進んだ。彼自らが遠慮がちに私に聞かせてくれた点数も 80 点弱だったと思う。

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