2013年8月19日月曜日

「集団的自衛権」の問題 (The Problem of the Right of Collective Self-Defense)

[This post is in Japanese only.]


 [ブログサイト『平和の浜辺:福泉・鳳地域「憲法9条の会」』に、「『集団的自衛権』:米国の発案で国連憲章に入るも、国連の『集団安全保障』の精神に反する」の題名で書いた記事(8 月 17 日付け)を、国内で広く読んで貰いたく、少し手直しして以下に転載する。]

 安倍政権は、戦争放棄と戦力不保持を掲げた憲法9条を変え、日本を再び「海外で戦争する国」に作り変えようとしている。それに向かう一歩として、歴代政権が「憲法上できない」としてきた「集団的自衛権」の行使を、年内にも可能にしようとしている。

 「集団的自衛権」は、1945 年に署名・発効した国際連合(国連)憲章の第 51 条において初めて明文化された権利でる。国連は、第 1 次世界大戦後にできた国際連盟の「集団安全保障」の仕組みの不徹底を改め、本格的な「集団安全保障」体制を確立することを目指して、第 2 次世界大戦後に発足した。具体的には、国連憲章で個々の加盟国に対して武力による威嚇・武力の行使を禁止し、侵略発生時には、安全保障理事会が制裁措置を決定し、そのもとに各国が行動することになっている。

 ところが、戦後、世界の覇権を狙っていた米国は、国連の統制を受けないで軍事行動をとることができるように、「集団的自衛権」を発案し、ソ連(当時)も賛成して、国連憲章に上記の第 51 条が盛り込まれた。その結果、戦前をはるかに上回る規模で、軍事同盟の網の目が世界に張りめぐらされ、多くの国が「集団的自衛権」を口実に、米ソ両国が引き起こした侵略的戦争に動員されることになった。これは国連がめざす「集団安全保障」に真っ向から反する状況である。

 安倍政権は、国連の正しいあり方よりも、米国との軍事同盟である日米安全保障条約を尊重して、米国の求めるままに、日本の軍隊が海外で戦争できるようにすることを目指しているのである。なんと浅はかな考えではないか。

 (『ウィキペディア』の「集団的自衛権」の項と、『しんぶん赤旗』の 2013 年 8 月 16 日付け記事「集団的自衛権 Q&A 1」を参考にした。)

 追記:『ウィキペディア』英語版の "Chapter VII of the United Nations Charter" (国連憲章第7章)中の "Article 51"(第 51 条)の項には、次のように、同条について批判のあることが記されている。
"Article 51 has been described as difficult to adjudicate with any certainty in real-life situations (Glennon, Michael J. (2001-2002), Fog of Law: Self-Defense, Inherence, and Incoherence in Article 51 of the United Nations Charter, The 25, Harv. J.L. & Pub. Pol'y, p. 539)."[第 51 条は、現実の状況のもとでは、確実に裁定することが困難であるといわれている(Glennon, Michael J. の論文「法律の霧:国連憲章第 51 条における自衛、一貫性、および矛盾」参照)。]

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